赤外線高分散ラボ:Laboratory of Infrared High-resolution spectroscopy

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赤外線光学材料の高精度な透過率測定に成功
(2016.09.18 掲載)

宇宙からの中間赤外線高分散分光観測は、生命の前駆体となる有機分子(バイオマーカー)の検出など、星間化学やアストロバイオロジーの分野で大きなブレイクスルーをもたらすことが期待されています(図1)。 しかし、一般に高分散分光器は大型になるため、宇宙望遠鏡(衛星)への搭載は未だ実現していません。 衛星搭載可能な、軽量かつコンパクトでありながら高い波長分解能を持つ分光器実現のキー・デバイスが、「イマージョン回折格子(IG)」です。 天文観測で実用となる高効率なIGの開発には、目的の波長において光の透過性が非常に高い(減光率が非常に低い)材料が必要となりますが、 これまで様々な赤外線透過材料のIGへの利用可能性を判断できるだけの高精度なデータも精密測定装置もありませんでした。

今回、東京大学大学院理学系研究科研究員(LiH客員研究員)の猿楽祐樹、京都産業大学大学院・理学研究科博士後期課程の加地紗由美らを中心としたユニットは、独自に高精度な透過率測定装置を開発し、 超微細加工の容易さと高い透過率という観点から中間赤外線用IGの素材として有力候補であったテルル化カドミウム亜鉛(CdZnTe)単結晶の減光率を広い波長範囲に渡って精密に測定し、 同材料が実際にIG素材として適していることを見いだしました。 IGの材料に要求される透過性は減光係数α < 0.01cm-1ですので、これは光が材料の中を1cm進むときの光量の損失が1%以下であることに相当します。 従来、広い波長域にわたって高感度の透過率測定を行うためには、フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)が用いられ、典型的な測定精度は数%程度でした。 そのため、α < 0.01cm-1の判定をするには、厚さ数cmの非常に厚いサンプルの透過率を測定する必要があります。 しかし、通常のFTIRでは光学系の制限からそのような厚いサンプルでは正確な測定ができないという問題がありました。 そこで研究グループは、綿密な光学設計に基づく独自の光学系(図2)を用いることで、αを0.001cm-1とこれまでになく高い精度で求めることに成功し(図3)、 CdZnTeが波長5-20μmにおいてα < 0.01cm-1を満たすことを示しました。さらに、透過帯の微弱な減光がこれまで確認されていなかった結晶中のサブμmサイズのテルル粒子によることも定量的に示しました。 今回の測定方法は、種々の結晶の品質調査や結晶成長研究での活用も期待されます。この成果は、Journal of ELECTRONIC MATERIALSに学術論文として掲載されます。


図1:宇宙望遠鏡による中間赤外線高分散分光観測の重要性。中間赤外波長域には多種多様な分子の吸収線が密集しており、 光の波長を細かく分けて観測(高分散分光)することで、天体の化学的・物理的情報が豊富に得られます。 特に波長7-20μm付近は、分子の骨格(C-C、C-N、C-Oなどの結合)を反映した吸収が表れて分子の識別に有効なことから「指紋領域」と呼ばれます。 生命の前駆体となるより複雑な有機分子(バイオマーカー)の検出に有効な波長帯です。 地上からでは地球大気の強い吸収により精密なデータが得られないため、宇宙からの観測が本質的に重要になります。


図2:赤外線透過材料の減光係数を精密に測定するために独自に開発した光学系。 通常のFTIRでは、サンプルに入射する光が集束光になっており、光が数cmもあるサンプルを通過すると焦点がずれて検知器に正確に集まらない。 この光学系では、サンプルに平行光を入射することでそれを解消し、さらに光路長の補正やゴースト光を除去する工夫も加えた。


図3:CdZnTe単結晶の減光係数(赤点、赤線)。赤点が独自に開発した装置による測定。波長5-20μmにおいてIGに要求される透過性(α < 0.01cm-1)を満たす。 有機分子の判別に極めて有効な分子スペクトルの「指紋領域」(7-20μm)をカバーできる。



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